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チャット、意図とせぬ言葉の刃

2008年08月14日 22:05

 こんにちは。
 オンラインでのコミュニケーションは、昔から文字による物が主体でした。今でこそSkypeなどの音声チャットソフトが存在します、しかし依然としてチャットなどに代表されるテキストベースのコミュニケーションが主役の座を守り続けています。今日は、チャットにまつわる少しお堅い話。


 月日は百代の過客にして―― などと言うように、コンチェルトゲートを始めて気がつけば、一年以上の月日が経とうとしています。おそるおそるマップを歩いたのが、つい最近のようにも思えます。

 このゲームを始める前の私は、仕事から帰ってきてからエディタを開いてプロットを書き、音楽を流しながら草稿となる物を打ち込み、最終的に読み物の形に持って行くこと。つまり、アマチュアの物書きとして細々とサイトの運営をやっていました。ちょうど、一年前の春。長いスランプにはまり、プロットを書いた紙と、殆ど真っ新なエディタに面白みを感じなくなった頃のことでした。
「最近、何だか新しいのも書けなくてさ。いっそオンラインゲームでもやろうかと思うんだけど、何か面白いのないかな?」
 ちょうど親友とスカイプで話していた時、たまたまこんな事を口走ったのがきっかけでした。過去に一度、殺伐としたMMORPGをやった折、その独りぼっち感に打ちのめされ、二度とやるものかと誓ったオンラインゲーム。そんな私に、親友が紹介したゲーム、コンチェルトゲートでした。そして私はこれを、性懲りもなくまた始めてしまったのです。

 コンチェルトゲートの世界は、暖かく私を迎えてくれました。前にトラウマを負うに至ったゲームがシベリアの収容所なら、コンチェルトゲートは初めての暖炉のある暖かい家庭のようにすら思えました。ただ、私は一緒に冒険してくれる仲間に対して、積極的に口を開くことは出来ませんでした。それまでMSNメッセンジャ (現在のLiveメッセンジャ) やYahooメッセンジャ位でしかチャットをやったことがなく、まして不用意な発言をすれば、吊し上げられ、罵倒され、掲示板に晒されてしまうかも知れないのです。それは恐怖でした。
 ネットゲーム内のトラブルは後を引く。事前情報を集めていた時に、この話を目にし、他のプレイヤー皆、自分を陥れようとしているのではないか。また、どうにかして晒し者にしようとしているのではないかと思っていたのです。当然、平和なファンブルグの街でさえ、当時の私にとっては、マンハッタンのスラム街にいるような気分でした。

 そして一年。
 今や、私は積極的に喋り (発言し) 、あまりお喋りしないプレイヤーさんに話題を振る側になったのです。同時に、私の発言の振る舞いに慎みが無くなってきたことを、中々気づけなくなっていたのです。


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無意識な日々

 元々、アマチュア小説書きだった私。同じアマチュア小説家の方に作品の感想を送ることも度々あり、メールは一日二日掛け、なるべく丁寧に書くことを信条としていました。それと関係があるのかどうかは定かではありませんが、コンチェルトゲートのやり始め近辺では、比較的礼儀正しい方プレイヤーだと周りからは思われていたようです。ただ、なにぶん顔見知りのプレイヤーさん以外は、根本的に怖い人達だと思っていたこともあって、積極的な発言はしていませんでしたし、また根の部分が内気な事も手伝ってか、発言もソフト指向だったこともあります。当時のログを見ると、なにやら温厚と言うか害のなさそうなキャラクターに見えるくらいです。
 その後、ゲームに慣れるにつれ、その場のノリに合わせたりする形でドンドン口が軽くなっていきました。この時、それでも私はそれなりに気を遣っていた筈でした。ですが、ある日それを疑う時がやってきたのです。

はじまりの一言

 根本的に私は争い事がキライです。口論なんて聞いていると苛々してきますし、ましてゲームの中で喧嘩なんて始められてしまうと、ただただ困ってしまいます。楽しくやるために、相手も一緒に楽しくなるために発言の前にちょっと相手の事を考える…… 現実と違うのは、触ったり細かい表情や発音の含みが読めないだけ。だからこそ、気をつけないと。

 いつもの楽しいお喋り、時々出会うプレイヤーさんと遊んだりしていたある日ある時。
 不意に飛んだ一言が、私の神経を逆なでしました。そういう芸風なのは理解しています、確かに言われた相手も苦笑しながら受け流しているのか、それともそれまでの私のように受け入れているのか。笑っていました。そこに何の問題も無いはず、そう無いはずなのです。だのに、どうして私は自分の事でもないのに苛々し、ましてその人を疎ましく思うのだろう?

衝撃

 この記事を書く何時間か前。
 その答えがうっすらと見えてきました。霞掛かった思考をつきつめました。すると――

「お前が良かれと思っているその発言すら、相手に耐え難い苛立ちを与えているのではないか? 違うだろうか」

 ある意味、悲鳴を上げそうになりました。だとすると、何時どのタイミングで? 今仲良くして貰ってる人達に知れず酷いことを行っているのだとしたら…… 目の前が真っ暗になりました。ついでに暑さの所為か変な汗まで噴き出てきそうです。とは言え、万人が気持ちよくなれるような会話と言うのは中々難しく、かと言って気を抜けば相手を自覚のないまま傷つけてしまうやも知れません。

 これは恐ろしい事です。


原点回帰か?

 気づいたからには、どうにかしなければいけない。
 ならばまずは、初心に帰って謙虚になろう。隣のあの子の話を聞こう。

 それは、おびえてばかりいた頃恐怖の対象だった吊し上げや晒しを恐れてのものではなくて。一緒に楽しく遊びに行くために、もう一度。とりあえず、発言前に注意深く自分の発言を見てから発言しようとまずは決心するのでした。

 たまたま気づけたから良かった物の、気づけなければこれから先、どうなっていたのでしょう。オンラインゲームの中一人、ポツンと立たされているような、前に感じたトラウマが鮮やかにこのコンチェルトゲートでも蘇るだけでしょう。前のゲームのように周りが殺伐とし、コミュニケーションを求めないのではなく、今度訪れるそれは友人から見放されるのです。それがどれほど痛いか、想像するだけで憂鬱になります。
 特に、おだてられると木に登る私。しっかりと、気をつけなければいけませんね。

さいごに

 ここまで思い至るまで、最近あった数多くの暴言とも言える言葉の羅列を見てきました。それは、通りすがりのプレイヤーさんの一言であったり、たまたまうっかりミス的に飛び出した自分や仲間の発言だったりします。
 大事なのは繰り返さないこと、相手の事を思いやること。それが相手を傷つけるかどうかは、見ず知らずの人や、自分の大切な人にそれを言ったとして、相手がどう思うかを常に考えることだと私は思います。最近の私が、特に際だってそうだったか? そう問われるとそこまで酷くも無かったような気がします。ですが、この気づきは重要だったのかな、そう思うのです。
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