--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なぜ私は、演説原稿らしきものを正直な気持ちで書いてるんでしょうか

2014年11月27日 02:17

 なぜ私は、演説原稿らしきものを正直な気持ちで書いてるんでしょうか。今日ちょっとだけ小説家に戻ったから? それともエグゼティブとして、塵のように小さくプラチナより価値が高い成果と実績を積んだから? それとも政治家になりた……くはないな。多分間違いなく刺される。全員を幸せにしようとして全員から刺される。
 政治家にはなりたくない。だってお金はないしどころか、貸し借りあるし。過去の過ちから顔向けできない人はいますし。無理です。
 多分、政治家になる! なんて言った瞬間、八方向から自動的にカタナが飛んできて誰かがスッキリするか、拉致されて拷問され尽くされて死にます。間違いない。
 けど、政治家にでもならないと生きていけないんじゃないかとも思います。
 ただ。どんなに、しがらみや染みついた汚れの様な世代間の歴史がぶつかり合ったとして、金の借し貸り、恋に破れ恋を奪った相手でも。人間ってやつを嫌いには、なれない。私には出来ない。
 だから、面と向かった時に自分は家畜以下だから何が起こっても笑顔で居ようとか。どんなに生活が苦しくても苦しいと言わないで言おうとか。
 仕事があろうがなかろうが、超ヒマで仲良くしたくなる。
 自分の不幸や、過ちで他人を傷つけたくないし、嫌われたくない。
 周りの人から好かれていたいし、話を聴いてもらいたい。
 つらいねー、そうだね。うれしい、よかったね。
 それを語らい理解し言うのが憚られる世の中で、生きねばならないのか。最近まで世の中、社会とは上が下を憎み、下が上を憎みお互いの首を絞めあっていたのです。私はそのような場所に一秒だっていたくありませんでした。
 明日はきっと、今日よりよくなる。必ずだ、私がその為に出来る事を出来るだけ頑張る。ずっとそう言い続け、事実としてはそうしていました。正直に生きていたのです。
 しかし、私は自分に正直で無くなった瞬間。身体と心に七千発の多弾頭戦略核を撃ちこまれました。地球がカンストするほど滅亡した挙句、多分特典がつきます。直ちに安全装置が働き、死のうとしました。しかしながら、明日はきっと、今日より、良くなる。必ず、俺は先輩だからな。こう後輩に言い続けた私が死ねば、彼等や彼女らが一斉に絶望することは明らかです。最悪、即時全員ショック死しかねません。
 死ねませんでした。故に、周りを盛大に巻き込みました、が。
 けれども、生きたいのです。明日はきっと、必ず少しだけ世の中が良くなると。ですが、現状。どう考えても秋人さんには、何かを変えないと、私は生きていけない。そして明日はきっと何かが悪くなります。
 絶対に政治家なんかになりたくありません。私は一生、趣味の物書きとかこっすい文章書きながら、コンピュータを使って素敵な役立ちジョークも分かるグッズを作って悪の科学者ごっこしつつ、好きな人達とワイワイやっていきたいだけなんです。
 そこの所、考えると。チンコで障子を破る小説を書いたりした石原慎太郎と言うレッド・ツェッペリンの『移民の歌』で殺しまくるロック小説家は、どうして作家を辞めてしまったのでしょうか。生きてることに、飽きたんでしょうか。毎日退屈そうで、少し気の毒に思います。
 藤 秋人さんは、うさぎと大好きな人と暮らすちょっと面白い物書きさん。なお、本業はコンピュータのお仕事(とくていきみつとかすぱいだいさくせんにもたいおう)でいたいのですねー。

 政治家にはなれませんので、ご注意を。
 ただ、今日より明日は絶対に良くなります。一人目の私が死んだとしても二人目の私や三人目の私は絶対に今の私より上手くやるはずです。
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://iamsleeping.blog25.fc2.com/tb.php/166-f2ba1e62
    この記事へのトラックバック


    最近の記事


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。