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高校中退を防ぐのか、高校生活を良くするのか?

2015年01月19日 20:33

高校中退をどう防ぐか)

 高等学校
を卒業しているなら、時としてこの学校で学んだことの内、幾つかは卒業後殆ど用いていない。そう言う人は多いだろう。大学の学問を修め、義務教育から研究室までの学問全てを駆使する人々からすれば、なぜ高等学校教育を蔑ろにするのか、なぜ学生は怠惰になるのか。あり得ない……こう絶句することもあるかも知れない。

 だが、現代の高校生は情報過多な社会の中で『正直、中学校までの教育内容で物事足りる』と思い込んでしまうきらいがある。また、高校は一時の通過点に過ぎず、単一のキャリアだけを捉えた時、時間の浪費だと主張する論もある。

 他方、彼等を受け入れる社会としては中等教育(義務教育)だけでは、時間軸と言う概念上、彼等の社会性を確保する為に高等教育を無事に終える事は「基本」と言う考えの下、専門学校、大学への進学を促しているのだ。

 高校中退をどう防ぐか、ではなく。如何にして彼等に義務教育で教わった事を活かし高等学校生活を実りある物にするか。これは私達、大人がフォローアップ出来る部分ではないか。

 私案ではあるが、高校生活に挫折しつつある彼等・彼女らに、その苦しみや或いは豊富な現場知識を『提供して貰う』場を大人達が用意すること。これは可能だ。私達が未来をより良くしようと思っている時に、若者の力を最も手っ取り早く借りるならば、まさに高校生活で悩みを抱える「若き研究者、小さな教授」達と共に歩み、支えることこそ結果として、高校中退者を減らすことになるのではないか。

 昨今は、児童と呼ばれる時間の中では、子供達は檻の中に囲われ、そして高等教育を受ける段階で突然監獄から解放され「クリエイティブであれ」と言う炎上案件を押し付けられるのだ。
 このような環境下では、教師、塾講師、生徒、親、親戚、兄弟姉妹の他に、地域の人々が彼等をバックアップする体制が必要だ

 高校中退を防ぐと言う発想は抑止的だ。まず罪有り、少なくとも高校生にはそう聴こえる。ではなく、高校生活をどう良くしていくのか。彼等に寄り添う事が一番の積極的政策になるのではないだろうか。

・かつて高校受験時に『高校進学率が98%で残りの2%は働いている。義務教育で何が足りないのか!』こう親に詰め寄って、母親を泣かせた馬鹿息子より。
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技術と言うあいまいな物と人

2015年01月07日 22:18

 何だかな、もう。今更、見捨てて人への投資なんて言っちゃう。それをやめろ、非正規は知らん。インテリゲンチャ以外は黙ってろと言ったのは、他ならぬ'70sギャングじゃないのかい。四十五年近く好き勝手して、そりゃないよ。右と左くらい分かるけど鳥じゃないから空は飛べない。右翼と左翼なんざな。
 空だって飛びたいよ、その時に*「海へ沈め」とか言われたペンギン先輩は鳥類よ? こちとら哺乳類さ。海豚や鯨は進んで海に行ったけど、ペンギンは飛ぶのを諦めざるを得なかった「最期の一撃が切ない勢」なんだな。それをお前さん。
 私一人も熱狂させられない政治家、熱く語れない政治家が、正規だ不正規だ。語って聴かせて魅せろ。カブキたまえよ! 祭事を回すならここまでラッパや太鼓を鳴らして、その存在を知らしめたらどうか。ドアのチャイムも鳴らせない子か、良い大人達よ!
 ちなみに私は、政治家ではないので政については、治める者達はそれなりにまた何らかの生身の事情があると考える。何事もしがらみに縛られる。外国人に日本語を教えていると町会の長にでしゃばるな、こう未だ怒られるのが日本と言う国の縮図でもあるのだ。
 オペレーションに、正規も不正規もない。見つかれば、撃たれ、当たれば死ぬ。古代より技術者や弓の名手は、暗殺されたり、餓死したり、孤独の内に死んだり、王の前で処刑されたりした。
 私は多分、悪い大人なんだろうけど。善い大人達と言うのは年金が減ったからいなくなったのか。それとも、善悪の基準が変わったのか。でなければ、欺いていたのか? はてさて。ならばせめてその偶像の形を薄ぼんやり覚えている私が、善い大人として振舞う事にしよう。
 仕方ないね、全ては簡単な事をゆるり丁寧に仕上げる。すると、まるでお伽の様な夢が紡がれる。私は炉端の小石。石炭にもなれず木炭にもなれなかった石英の一つだ。

SAN値チェック。

判定→ 一時間の睡眠
結果→+0.1 → -0.1+0.1=0
行動フェーズ。
判定→ 次の仕事へ
結果→ +0. 5→ 0.5+0.5=1
一人日→ 12hour=1
演算終了幸福値比

1:1

藤 秋人。生還

2015(平成27年)所信表明

2015年01月05日 14:33

 私、藤 秋人は平成二十七年が以下の様な一年であるように努力しようと思う。

 その内容は以下の通り。

1.栄養バランスに配慮した食生活、まったく無理の無いチョロイ運動を毎日行える様にする。

 何を当たり前のことを……こう嘆息される読者諸兄も多かろうが、昨年までの三年間。食うもの食わず、飲むもの飲まず生きてきた。述べ七年の激務と、他人 に全く寛容さを持たない社会・組織の中で生きていく為に「知っていることを、知らない」と言わざる得ないよう強要され、全く日本国憲法や合衆国憲法に合致 しない奴隷労働下で、軍事従事者並みの機密保持書類に山の様にサインさせられれば、さぞかし給与も良いのだろう。休暇もあったかも知れない。軍人ならば。 だが、私は情報処理を専門とする技術者でしかなかった。日本国は空前の不況、失われた十五年と不況をありがたく崇め奉った。その結果、事実として給与は最 小限、休暇は正規雇用にも関わらず事実上連続四日深夜日中勤務を強いられたのに肝心の休暇は一日も与えられない年月を耐えた。

 これを読んでいる貴方は、そのような不正が許されたのか。司法は、政治は何をしていると問うだろう。厚生労働省は何をぼさっとしているのかと嘆くだろう。今なら。
 だが、驚くことなかれ。当時の政府も与党も野党も、見向きもしなかった。右翼は喜び庭駆け回り左翼はこれを見て「学力がないから、このような奴はその待 遇が相応しい。自己責任だ」と自分達のインテリジェンスを誇るための材料にした。社会主義者は、何故か破られていない憲法九条が死ぬ! 死ぬ! などと意 識不明の重態。最後に共産主義者は、どうした訳か今日も見えない敵とイデオロギーの為に戦っていた。
 誰も私達の様な善良な人間を見向きをせず、積極的に蹴とばした。これが、失われた十五年。すべての地方自治体、議員、政党、企業、国家が行っていた残酷 な事実なのだ。嘘と言えるなら何か私に一家言あって然るべきだ。申し開きは聴こう。私は良い隣人でありたいし、好い友人同士でありたいからね。

 さてと。話をもどそう。この地獄で生きるには何が必要だったのか。

 耐えるためには、希望が必要だったが経営陣は自分の年金保障を嘆くばかりで、我々は使い捨ての駒である。何かミスをしでかそうものなら、放逐すると恥もなく言い放った。
 最高レベルのセキュリティクリアランスを与えられ、膨大な機密保持書類にサインさせておきながら、その対価を私に一切寄越さなかった訳だ。あの頃は、何 食わぬ顔でのうのうと生きている高齢者が憎かった。疎ましかった。早々に年寄りを気取り、休みをくれと言えば脅迫され、給与を上げろと言えば首を飛ばすと いけしゃあしゃあと言う、あの営業部長が憎かった!
 この様な極限状況で、しかし日本国憲法を遵守し、関連諸法を守り、善良な市民でいる為には私の中にある大切な何かを捨てなければならなかった。不眠不休で働くために睡眠欲を捨てた。最低限を下回る給与に対しては食欲を捨てた。生存権を守るために性欲を捨てた。
 この献身に対して、にも関わらず何一つ感謝などしなかった。病で倒れ、病院にかかり戻ってくると欠勤が多いと罵った。私は自身の不明を詫び、一層の努力をする旨を伝えたが彼等の心には届かなかったようだった。
 欠陥社員のレッテルを貼られ、持っている知識は次々と次の案件にアサインするために「なかったことにされた」のだ。知っている事を知らないと言わされ、 出来ることを出来ないと言わされ、たとえ極限状況であったとしても、その技術や良心に従って死ぬかも知れない人を助けることすら制限された。
 極限まで抽象化すれば 『嘘をつきながら、我々老人の最大限の利益の為。あらゆる悪事に手を染めて、そして死ね。ミスがあれば、君を殺す』こういう環境下を耐えた。

 結果、私は倒れた。あの時、もうダメだ。こう言わなければ、自ら死を選ぶしかなかった。

 平成二十七年、つまり2015年の私はあの頃の彼らに少し近づいた。
 もう二度と、あの様な強烈な人権侵害に屈服はしない。生命の危険があれば、合法的に報復する生き物に変わった。貴方達、老人が一人の若者が革命の息吹を吐き、危機に際しては相互確実破壊を行う様な生き物に改造した。

 心せよ老人。私やそのあとに続く若者達に、私が味わった様な塗炭の苦しみを与えるな。

 貴方達はさんざん苛め、日本の不景気を極限まで高めて、今年金も貰えないと嘆いているだろう。だが我々、私達若者は違う。罪深い貴方達を赦し、二度と私の同輩と後輩に対しこのような非道を行われないようにと誓い、これを実行し、今年一年を生きていくこと。
 そして少しは恐れよ、子供達を若者を。かつて貴方達がそうだった時の様に、彼らを赦し守ると誓え。さもなければ、近い将来。君達に払う社会保障費はゼロ になり、行く行くは年金の受給権利を奪われる。だからこそ、優しく、人に親切に、出来る事は出来ると言える。うれしい時はありがとうと言える社会の建設に 協力せよ。

 貴方達は「良い大人たち」だと私は期待する。貴方もまた、ここまでされてなお、慈悲深い私に対して一定の尊敬と感謝をして頂けると、私は貴方達の為に必死に働くだろう。

以上をもって、私の年頭の所信とする。
平成二十七年一月五日。藤 秋人


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