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強ければ何をしても許されるかというと……

2016年12月21日 00:32

参加しているFbグループの投稿で、こんな簡単なようで、凄く難しい問いかけがありました。

Q.ここ(のグループ)は立場の弱い人を罵っていいのでしょうか

非常に興味深い質問です。Facebookのグループ内での問いかけですが、これは、単純に組織と名のつくもの、集団と名のつくもの全てに対しての問いかけの様に、私には思えました。

それに対して、書いたのが以下の返信です。

A.
==========以下返信==========

どの様に、他者と比べて自身が強者であったとしても。それをかさにして他人を傷つける権利など、元からありません。

返って、立場ある人、権威ある人、名誉ある人が、執拗に個人や団体を中傷したり、罵声を浴びせる様になると。その肩書きの価値が暴落します。

肩書きは一定の倫理観や信用を相手に与える「材料」にはなりますが、この場合。当の本人が自分の肩書きを汚して踏みにじっているのです。

そんな人が偉いかと言われれば、常識的に考えれば「肩書きや地位を持った社会にとって厄介な人」であり、大多数の人は彼や彼女を信用しなくなり、その方の肩書きを鼻で笑うようになります。

ひいてはその肩書自体や地位そのものが、冷笑の的になることでしょう。

立場の弱い人間を囲んで棒で叩く様な真似は、そもそも一人の人間として恥ずべき行為です。違いますか。

よって、ここ(当該のFacebookグループ)で弱い人間を見つけては、叩いて回っている人たちは、強いわけでも偉いわけでもなんでもありません。他人を傷つけることでしか、自分の権威や名誉を振るうことでしか、他人と関われないという当の本人の方がずっと弱いのです。

人を見下すことでしか、心の平安を守れないと言うことですからね。不幸な話です。

==========以上返信==========

あなたは、どう思われますか?
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河童に見る人間的な厭らしさ

2016年01月21日 01:07

Twitterで呟けない話。

 こう書くと、大抵の人は「ちょっと揉めたあのことかな」もしくは「百四十文字超えちゃう話かな」のどちらかを思い浮かべることだろう。
 おおむね正しい。Twitterでの発言でさほど炎上したことがない私の場合、後者の百四十文字を超える記事ということになる。

 今回の話、実はさほど大したことではない。タイトルにあるようにWeb漫画「河童」にまつわるエトセトラである。

Web漫画【河童】 http://mig.bitter.jp/kappa/index.html

 つい数時間前に、紹介を受けて読み進めていたのだが何とも話が厭らしくて、面白い。人間が持っているであろう、不完全さがむき出しになっているのも良い。読んでいて胸が痛くなっていくのも、また良い。

 ついでに言えば、ところどころに無垢な子供の心みたいな物がチラホラ見えるのも素敵だ。けれども、これは当事者たる子供が読むべき作品ではないな、とも思う。
 まだ汚れきっていない子供からしてみれば、綺麗な自分の心を鏡写しにされても困惑するだけだ。

 私が「わんぱくタイクの大荒れ三学期」を読んで、タイクとダニーと茹だったキャベツの匂いしか記憶しなかったように。この漫画河童を読む小学生というものがもしいるのだとしたら、きっと釈然としない「もやもや」を胸に抱きつつ強烈に焼き付くシーンだけを記憶するに違いない。

うさぎと暮らして三年五か月

2015年11月22日 09:03

遡ること三年と五か月前、私は、死の淵にいた。

 当時、全く良くなる見込みもなく。そして、自宅で投薬治療を続けていたものの。既に薬を飲む→体を清める→眠るという「ただこれだけのこと」が困難になり始めていた。当時の主治医は「そらぁもう、入院ですよ。それすら出来ないとあれば」という。なるほど全くもってそれは正しい

 しかし、入院中の傷病手当の書類周りの手続きや発送や保険料や家賃の振り込みは誰がやるのか?

 あいにくと実家の家族は父親の末期がんの世話が終わり、憔悴しきっていた時期でもあり、また実家の母や弟、妹がこちらに駆けつけてくると言うのも非現実的な話だった。

 つまり、私が自宅で療養できなければ、やはり入院という話になる。しかし、入院すれば長いだろうし、今住んでいる家も手放さなければならない。大きくため息をついて『これは、コインランドリーの乾燥機に100円玉放り込んでいる場合じゃないぞ』と発起し、窓を開けて物干しざおに洗濯物をまずは干そう。こう窓を開けた時のこと。

「物干しざおが、ない……だって?」

 引っ越してきた時には引っかかっていた物干しざおが、綺麗に消えていた。由々しき事態である。
 おそらくは、気づかない内に盗まれたのだろう。入院を迫られたり、今日は今日とて具合は悪いし、全くロクなものではない。

 全身を鉛で出来た服を着たかのような足取りでホームセンターに向かう。少なくとも、入院するかしないか。頑張って自宅療養と治療を続けるか。思考を放棄して、医者に勧められるがまま入院するか。入院するとして、諸々のことをどうするか。

 物干しざおを買うまでに決めなければならない。
 生きるべきか、死ぬべきか。598円のアルミ物干しざおを手に取るまでに決めなければならない。

決められるわけ、ないじゃん。
 ビバホーム(ホームセンター)で物干しざおを呆気なく手に取って思ったことがそれだった。
 考えれば考えるだけドン詰まりで、一体何をモチベーションに生きていけばいいのか。それすら曖昧になりかけた。

 その時、ふとこの店には小動物コーナーがあり、うさぎも確かいたはずだ。という、情報が頭をよぎる。

 実家のうさぎを溺愛(しかし、私は東京で実家のうさぎは北海道だ!)していたことを頭に浮かべ、せめて会えないなら最後くらいは、かわいい動物見て癒されたいと思うのは当然の成り行きだった。フランダースの犬におけるネロがルーベンスの絵を見に行くような心境。こう書けば、読者諸兄にはご理解いただけるだろうか?


loverabbit.jpg


そこで、この仔に出会った。

 写真はついこの間のものだが、当時のこの仔は、それこそまだウサギのあかちゃんといった感じで、ちょうど手のひらに収まってしまうほどのサイズである。これが「ウサウサ」というより「だよだよ」していたのも、また愛らしかった。

 一時間ほど、ケージの前で話しかけたり気を惹いてみた末。

 気づけば、店員氏を呼び出し。我に返ったころには、ケージやら何やら、一式お買い上げした上で、もう私の腕の中には、この仔がいたのであった。

 さて、うさぎはデリケートな生き物である。ケージは二日に一回掃除しなければ、容易に感染症に掛かって死んでしまうし。室温が35度以上の環境に二日ほど置けば死んでしまう。小まめな給餌やお世話が出来なければ、あっと言う間に死んでしまう

 自分の面倒も見切れないのに、なぜ飼ったのか。

 それは、この仔を育て上げることで、自分にはまだ生きる力が確かに残っているのだ。こういうことを証明したかったのかも知れない。

 それから、三年と五か月。名もなき仔ウサギには「ライム」という名がつき、私は毎日世話をし、ともに遊び。ともに食べ、今日も一緒に生きているのだ。

 正直な話、体を引きずりながら虚ろな瞳で世話をしていた日もある。すべてが完璧かと言われればそれは違う。

 だが、私はもう一人ではない。この仔を遺して、逝くわけにはいかないのだ。
 昨日、伸びきっていたライムさんの後足の爪が左手の甲にクリーンヒットし、鮮やかな傷を作った。

 痛みよりもまず、爪切りに気を配っていなかった自分を恥じ、ひょいとライムさんを抱き上げて、うさぎ用の爪切りでパチン、ぱちんと爪を切った。爪を切られると言うのは、うさぎにとってすれば、骨を切られるのと変わらない。本人からすると麻酔なしの外科手術のようなものになる。
 それを、私の傷口を悲しそうに眺めながら、ただ黙って爪を切られるがままになっているライムさんを見て。ああ、確かに私達は家族なんだ。こう再確認した。

 うさぎ飼育の最初の試金石は、誕生後六か月である。飼育が適切でなければ、死んでしまう。
 次の壁は一年半。いずれも健康なまま乗り越えた。

 毎日、何かしらの発見がある。見せてくれる表情もそうであるし、甘える仕草、遊びに誘う仕草。落ち込んだ時に不意にかけられる無言の愛情。

 うさぎと暮らして三年五か月。私達は今日も生きている。

2015(平成27年)所信表明

2015年01月05日 14:33

 私、藤 秋人は平成二十七年が以下の様な一年であるように努力しようと思う。

 その内容は以下の通り。

1.栄養バランスに配慮した食生活、まったく無理の無いチョロイ運動を毎日行える様にする。

 何を当たり前のことを……こう嘆息される読者諸兄も多かろうが、昨年までの三年間。食うもの食わず、飲むもの飲まず生きてきた。述べ七年の激務と、他人 に全く寛容さを持たない社会・組織の中で生きていく為に「知っていることを、知らない」と言わざる得ないよう強要され、全く日本国憲法や合衆国憲法に合致 しない奴隷労働下で、軍事従事者並みの機密保持書類に山の様にサインさせられれば、さぞかし給与も良いのだろう。休暇もあったかも知れない。軍人ならば。 だが、私は情報処理を専門とする技術者でしかなかった。日本国は空前の不況、失われた十五年と不況をありがたく崇め奉った。その結果、事実として給与は最 小限、休暇は正規雇用にも関わらず事実上連続四日深夜日中勤務を強いられたのに肝心の休暇は一日も与えられない年月を耐えた。

 これを読んでいる貴方は、そのような不正が許されたのか。司法は、政治は何をしていると問うだろう。厚生労働省は何をぼさっとしているのかと嘆くだろう。今なら。
 だが、驚くことなかれ。当時の政府も与党も野党も、見向きもしなかった。右翼は喜び庭駆け回り左翼はこれを見て「学力がないから、このような奴はその待 遇が相応しい。自己責任だ」と自分達のインテリジェンスを誇るための材料にした。社会主義者は、何故か破られていない憲法九条が死ぬ! 死ぬ! などと意 識不明の重態。最後に共産主義者は、どうした訳か今日も見えない敵とイデオロギーの為に戦っていた。
 誰も私達の様な善良な人間を見向きをせず、積極的に蹴とばした。これが、失われた十五年。すべての地方自治体、議員、政党、企業、国家が行っていた残酷 な事実なのだ。嘘と言えるなら何か私に一家言あって然るべきだ。申し開きは聴こう。私は良い隣人でありたいし、好い友人同士でありたいからね。

 さてと。話をもどそう。この地獄で生きるには何が必要だったのか。

 耐えるためには、希望が必要だったが経営陣は自分の年金保障を嘆くばかりで、我々は使い捨ての駒である。何かミスをしでかそうものなら、放逐すると恥もなく言い放った。
 最高レベルのセキュリティクリアランスを与えられ、膨大な機密保持書類にサインさせておきながら、その対価を私に一切寄越さなかった訳だ。あの頃は、何 食わぬ顔でのうのうと生きている高齢者が憎かった。疎ましかった。早々に年寄りを気取り、休みをくれと言えば脅迫され、給与を上げろと言えば首を飛ばすと いけしゃあしゃあと言う、あの営業部長が憎かった!
 この様な極限状況で、しかし日本国憲法を遵守し、関連諸法を守り、善良な市民でいる為には私の中にある大切な何かを捨てなければならなかった。不眠不休で働くために睡眠欲を捨てた。最低限を下回る給与に対しては食欲を捨てた。生存権を守るために性欲を捨てた。
 この献身に対して、にも関わらず何一つ感謝などしなかった。病で倒れ、病院にかかり戻ってくると欠勤が多いと罵った。私は自身の不明を詫び、一層の努力をする旨を伝えたが彼等の心には届かなかったようだった。
 欠陥社員のレッテルを貼られ、持っている知識は次々と次の案件にアサインするために「なかったことにされた」のだ。知っている事を知らないと言わされ、 出来ることを出来ないと言わされ、たとえ極限状況であったとしても、その技術や良心に従って死ぬかも知れない人を助けることすら制限された。
 極限まで抽象化すれば 『嘘をつきながら、我々老人の最大限の利益の為。あらゆる悪事に手を染めて、そして死ね。ミスがあれば、君を殺す』こういう環境下を耐えた。

 結果、私は倒れた。あの時、もうダメだ。こう言わなければ、自ら死を選ぶしかなかった。

 平成二十七年、つまり2015年の私はあの頃の彼らに少し近づいた。
 もう二度と、あの様な強烈な人権侵害に屈服はしない。生命の危険があれば、合法的に報復する生き物に変わった。貴方達、老人が一人の若者が革命の息吹を吐き、危機に際しては相互確実破壊を行う様な生き物に改造した。

 心せよ老人。私やそのあとに続く若者達に、私が味わった様な塗炭の苦しみを与えるな。

 貴方達はさんざん苛め、日本の不景気を極限まで高めて、今年金も貰えないと嘆いているだろう。だが我々、私達若者は違う。罪深い貴方達を赦し、二度と私の同輩と後輩に対しこのような非道を行われないようにと誓い、これを実行し、今年一年を生きていくこと。
 そして少しは恐れよ、子供達を若者を。かつて貴方達がそうだった時の様に、彼らを赦し守ると誓え。さもなければ、近い将来。君達に払う社会保障費はゼロ になり、行く行くは年金の受給権利を奪われる。だからこそ、優しく、人に親切に、出来る事は出来ると言える。うれしい時はありがとうと言える社会の建設に 協力せよ。

 貴方達は「良い大人たち」だと私は期待する。貴方もまた、ここまでされてなお、慈悲深い私に対して一定の尊敬と感謝をして頂けると、私は貴方達の為に必死に働くだろう。

以上をもって、私の年頭の所信とする。
平成二十七年一月五日。藤 秋人

なぜ私は、演説原稿らしきものを正直な気持ちで書いてるんでしょうか

2014年11月27日 02:17

 なぜ私は、演説原稿らしきものを正直な気持ちで書いてるんでしょうか。今日ちょっとだけ小説家に戻ったから? それともエグゼティブとして、塵のように小さくプラチナより価値が高い成果と実績を積んだから? それとも政治家になりた……くはないな。多分間違いなく刺される。全員を幸せにしようとして全員から刺される。
 政治家にはなりたくない。だってお金はないしどころか、貸し借りあるし。過去の過ちから顔向けできない人はいますし。無理です。
 多分、政治家になる! なんて言った瞬間、八方向から自動的にカタナが飛んできて誰かがスッキリするか、拉致されて拷問され尽くされて死にます。間違いない。
 けど、政治家にでもならないと生きていけないんじゃないかとも思います。
 ただ。どんなに、しがらみや染みついた汚れの様な世代間の歴史がぶつかり合ったとして、金の借し貸り、恋に破れ恋を奪った相手でも。人間ってやつを嫌いには、なれない。私には出来ない。
 だから、面と向かった時に自分は家畜以下だから何が起こっても笑顔で居ようとか。どんなに生活が苦しくても苦しいと言わないで言おうとか。
 仕事があろうがなかろうが、超ヒマで仲良くしたくなる。
 自分の不幸や、過ちで他人を傷つけたくないし、嫌われたくない。
 周りの人から好かれていたいし、話を聴いてもらいたい。
 つらいねー、そうだね。うれしい、よかったね。
 それを語らい理解し言うのが憚られる世の中で、生きねばならないのか。最近まで世の中、社会とは上が下を憎み、下が上を憎みお互いの首を絞めあっていたのです。私はそのような場所に一秒だっていたくありませんでした。
 明日はきっと、今日よりよくなる。必ずだ、私がその為に出来る事を出来るだけ頑張る。ずっとそう言い続け、事実としてはそうしていました。正直に生きていたのです。
 しかし、私は自分に正直で無くなった瞬間。身体と心に七千発の多弾頭戦略核を撃ちこまれました。地球がカンストするほど滅亡した挙句、多分特典がつきます。直ちに安全装置が働き、死のうとしました。しかしながら、明日はきっと、今日より、良くなる。必ず、俺は先輩だからな。こう後輩に言い続けた私が死ねば、彼等や彼女らが一斉に絶望することは明らかです。最悪、即時全員ショック死しかねません。
 死ねませんでした。故に、周りを盛大に巻き込みました、が。
 けれども、生きたいのです。明日はきっと、必ず少しだけ世の中が良くなると。ですが、現状。どう考えても秋人さんには、何かを変えないと、私は生きていけない。そして明日はきっと何かが悪くなります。
 絶対に政治家なんかになりたくありません。私は一生、趣味の物書きとかこっすい文章書きながら、コンピュータを使って素敵な役立ちジョークも分かるグッズを作って悪の科学者ごっこしつつ、好きな人達とワイワイやっていきたいだけなんです。
 そこの所、考えると。チンコで障子を破る小説を書いたりした石原慎太郎と言うレッド・ツェッペリンの『移民の歌』で殺しまくるロック小説家は、どうして作家を辞めてしまったのでしょうか。生きてることに、飽きたんでしょうか。毎日退屈そうで、少し気の毒に思います。
 藤 秋人さんは、うさぎと大好きな人と暮らすちょっと面白い物書きさん。なお、本業はコンピュータのお仕事(とくていきみつとかすぱいだいさくせんにもたいおう)でいたいのですねー。

 政治家にはなれませんので、ご注意を。
 ただ、今日より明日は絶対に良くなります。一人目の私が死んだとしても二人目の私や三人目の私は絶対に今の私より上手くやるはずです。

『現代の男娼』多様化する売春・買春事情

2014年10月13日 09:50

――現代の男娼(46)、女装し警官に売り込みをかけ捕まる

 人類が、この地に文明を築いてきて以来。どの時代にも存在する産業がある。

 一つは外食業であり、食欲を満たす。次に旅館業であり、睡眠欲を満たす。最後に、性産業であり性欲を満たす。今回は、昨今の性産業について、直近起こった事件を見ながら今後の行く末を考えてみよう。



警官に買春持ちかけた容疑 韓国籍の男逮捕 愛知
2014年10月11日02時59分

http://www.asahi.com/articles/ASGBC0QM1GBBOBJB00W.html

 愛知県警中署は売春目的で客引き行為をしたとして、自称名古屋市中区新栄2丁目、韓国籍の無職李正宰容疑者(46)を県迷惑行為防止条例違反の疑いで現行犯逮捕し11日、発表した。李容疑者は男で、ブラウスにスカート姿で化粧をするなどしていたという。

 同署によると、李容疑者は10日午後11時10分ごろ、同市中区栄1丁目にある堀川沿いの駐車場で、警戒中の男性警察官に「どうする、イチゴー(1万5千円)、すべて」などと声をかけた疑いがある。




 従来、日本でメジャーな売春と言えば『女性が男性に対して行うもの』と言う印象が強く、それは今もさして変わりはない。売春防止法があるにも関わらず、実際には男性が女性を買春する場所としての各種風俗店、女性が売春によって高収入を得る為に出会い系サイトを斡旋の場として活用している現実があり、実質本邦における売春・買春については野放しと言って良いだろう。

 二十世紀終わりの常識は、二千年初頭の高度情報化社会や、ジェンダーフリーの躍進から。その性的嗜好も多様化している。分かりやすい例を示せば、日本のインターネット界隈で広く認知されているゲイ(ホモセクシャル)への好奇心・娯楽化などが挙げられるだろう。(例:真夏の夜の淫夢)

 女性の売春は言わずもかな、今回。女装した中年男性が春を売っている事が公になった。これは何を意味しているのか。昨今、生産世代或いは現役世代と呼ばれる人々の成婚率は著しく下がり、二十世紀終わりから世紀を跨いで十年ばかりで男女の分業による家庭構築・運営は、ドラスティックな変革を遂げた。また、女性の躍進により相対的に男性の給与が下がる一方。従来型の『男性に養ってもらいたい』ニーズを持つ女性が混在している。
 所得の再分配が上手く機能していなかった日本の「失われた二十年」は、これから性風俗産業の構造変化を起こすだろう。以下は、今後十年起こりうるであろう新しい売春・買春のトレンドである。

1.売春そのものは、今後十年で更に大衆化する恐れがある。一つは、高度な教育を受けたにも関わらず十分な収入が得られないことへの対症療法的なものとなる。これは、対象者が常勤就業している場合でも。手取り金額が少ない為発生する。副業として最も「安全」な産業としての売春が行われるようになる。

2.前述の「安全な売春」とは次の要素により定義される。
イ 青少年期に十分なSTD(性感染症)やHIV、避妊に関する知識を習得している。
ロ 性自認の多様化により、青少年期に同性・異性とのセックスに対して抵抗感を持たない。
ハ 高度に健全化されたSNS(ソーシャルネットワークサービス)内に、秘密の売春クラブが存在し、アフターケアは既存法に適合する形で提供されるようになる。

3.一回当たりの売春単価は下がる。既にこれは、女性が売春する場合については既に一九九〇年頃から下落し続けていると言う話もある。バブル絶頂期では、処女三十万、非処女十五万。などと言う言葉が飛び交っていた。なお、二〇一三年現在。アダルトスパムや、本稿で取り上げた男娼が提示した額から推測するに、一般的な女性が売春する際の相場は少なくて五千円、多くて三万円(回)程度と思われる。逆に、今後増えるであろう男娼については、いわゆる「男の娘」など耽美的な付加価値から一時的に一般的な女性が売春を行う場合より単価が高く設定される可能性がある。

4.売春は供給過多に陥り、個人産業として高度収斂化していく。最終的に、社会が問題を認知する頃には売春そのものへの参入障壁が高くなる。この時、多くの出会い系サイトやSNS(ソーシャルネットワークサービス)のクラブが撤退を余儀なくされる。または摘発される。但し、日本においては出生率が下がり続けていることなども鑑み、時の政府や世論によっては売春すら少子化社会へのカウンターとして利用される可能性がある。その場合、日本は世界に例を見ない管理売春国家になる可能性がある。

 以上が、何も考えずにふわっと出てきた未来予想図だ。勿論、こんな世の中になってはいけないのだろうが。
 夢の無い人々が増えている今、刻一刻と迫るディストピアの足音が、若者や未来を担う人々に暗い影を落としているのは間違いないだろう。

「痴漢や性犯罪の抑止の為に、男女別車両の導入を目指そう?」

2014年05月31日 23:59

「痴漢や性犯罪の抑止の為に、男女別車両の導入を!」

 この論が、しばしば極論と当の女性被害者や、女性自身から出る。何故だろう?

 至極真っ当な話だが。女性もまた男性と同じ人間だ。同じ人間であるからには、男性がそうであるように。権利の拡大には野心それなりがある。勿論、最初は善意から始まるのだが、悪乗りして話が段々大きくなって行く。それが政治と言う胃に痛い行事なのだ。

 ぶっちゃけ。公平に一編成を分けた時に1:1になるとそれはそれで面白くない。

 そうとも。事実、現在の女性専用車両。既に要介護者や障がい者の『男性』が乗り込める。これだけでも不快でたまらない。なのに、現在は罰則や罰金はない

 理想として。まずは、女性専用車に男性が乗り込んできた時に罪や罰金を科す。事件がある度、罰則を強化する。そして浄化する『聖絶』が必要だ……。

 識者やサバイバー曰く、一人で電車に乗れる『男性』は二歳の赤ん坊だろうがスティーブン・ホーキング博士の様な著しいハンディキャップがあろうとも、性犯罪を起こしうる。なるほど、男性とは遺伝子ベクターとしての性欲からは逃れられない。それは、女性も同じだが。悪質さと言う点で、歴史上長い時間。この問題は放置されてきた。

 女性の社会的躍進と『男女平等社会』の実践。何よりここ最近における男性の深刻な収入低下。つまり家計上の役割が果たせていない中。

 男女別車両の構成比は、女性7:男性3が望ましい。それこそ社会的に躍進している女性達が、賛成し飲み込める比率だろう。そして、現在の女性専用車が最後尾又は先頭車両に設置されていたのと違い、よりアクセスしやすい様に改札に近い部分を中心に女性専用車両を割り当てるべきである。

 痴漢根絶の為なら致し方あるまい。本気だ。
 男性はその位、極論を思いつく程度に。女性の権利は認められ、男性は権利を手放すべきだと考えている。

 ちなみに、私も男性だが『本気で提案』はしている。しかし『実際に行動に移そう』とは欠片も思わない。万が一、この文章の趣旨まんま提案される様なら、一部について反対するだろう。

 この案のどの段階で、どの様に譲れない一線があるのか。本稿をご覧になった女性の方は一考して頂ければ幸いである。

見て見ぬフリはこの時代もう出来ないかも知れないよ

2014年05月28日 01:07

――日米安全保障条約についてアレコレ、集団的自衛権についてもにょもにょ。自民党がダメダメとか、民主党がダメダメとか。最終的に「コクミンガー」と巡り巡って、有権者の選択や政治家とのコミュニケーション不足に起因するミスマッチがこの二十年近く常態化している。私はそう考えた。

 口語調に戻しまして。

 例えば、冒頭で挙げた日米安全保障条約ですが。

 もう有名無実でお金の無駄ってなら、段階的に米軍には撤収して貰い。その代わりとなる分、自衛隊への予算や集団的自衛権や、個別自衛権についてもっと真剣に定義しなおさなければなりません。

 残念な話ですが、沖縄の米軍基地が全て撤収・返還された後に国防面の必要に駆られ。結局、何党であろうが一定規模の軍事基地と軍事力が置かれることになるのです。

……共産党が国政。衆参両院において過半数を取って政権を樹立し。中華人民共和国と同盟を結べば。ワンチャン、米軍が日本人民解放軍になるか、中国人民解放軍に変わる位の差しかありませんね。

 根本的に「戦争は嫌だ」と穢れを祓う様に目を背けながら『戦争反対』と叫ぶ人ほど、本質的に平和が何なのか、戦争がどう始まり、どう終わるのか。どう言った理由で世界が軍事力を持っているか?

 落とし込んで、日常生活における「戦争と平和」をあまり意識していないことに気付いていないか、見ないフリをしているのではないでしょうか?
 そこを見ずに生きて居れば、確かに。お金と雇用、子育てと福祉のこと。国内犯罪と環境汚染だけ見ていれば用は足りる訳ですから。

 もう、戦争をスルー出来ない(する・しないではなく)時代なのかも知れません。平和を保つために、戦争を知る必要性。

 戦争を起こさない為に、戦争を知ろう。
 それは、台所の害虫を駆除する為に、彼らの原理を知り、必要な措置を取るのと何ら変わりません。

トラブル

2014年05月11日 21:20

トラブル(英:trouble)とは、突然やってくるものである。

 もし私が、航空事故調査官なら。それは残骸を拾い集めることであったり、ブラックボックスを探す事が第一となるだろう。ただ生憎と、私は海の物とも山の物とも知れない駄文書きである。大抵物書きが言う所の『トラブル』とは、アポロ十三号のミッション程度に困難な出来事が起こった事を意味するのだ。

 人生誰もが、この様な困難に直面し、大抵の場合。事後のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)は兎も角として、なんとか生きていることを考えれば……トラブルとは、一周回って『お魚くわえたドラ猫追いかけて、全裸で飛び出す狂気なサザエさん』程度の軽微な物なのかも知れない。

2011/02月OFF会騒動考察

2011年02月19日 23:57

 こん**は、卯月の中の人 (ところが驚いた。まっぷたつに斬ったのに、中身はがらんどうなんだ!) です。皆様いかがお過ごしでしょうか。先週来、コンチェ界隈ではプレイヤーさんが企画した大規模オフ会の件で随分と揺れていたようです。

off_bbsimage.jpg
画像のスレッドは、公式掲示板でその件について
疑問を提起し、後議論や主催者の方が見解を書き込んだスレッド
閲覧 → こちらからジャンプ


 ようやく一週間経った今、事態は終息に向かっているようです。疑問を追求する側の方々や、矢面に立たされる事になってしまった企画関係者の方々のご心労・ご苦労を思うと心苦しい限りです。僅かながら、漏れ聞こえてきた話によれば、オフ会そのものは成功裏に幕を閉じたと言うことですので、その後の顛末は兎も角。楽しいオフ会であったのだろうな、と想像します。

 出来れば行ってみたかったのですが、仕事の都合その他諸々色々あって参加叶わず…… と言う中の人の話は割とどうでも良いですね。

 当記事では、後から振り返ってこの騒動が何であったのか、そして何が問題で、どうしてこうなってしまったか第三者的立場から書いていこうと言う試みです。
 今回の件については、Blogを執筆するコンチェプレイヤーさんから殆ど情報発信がなく、Blogを書くプレイヤーとそれ以外が、憶測と敵愾心を持って罵り合っているように感じます。

 当然、本記事はどの立場にある関係者、企画者、コンチェルトゲートフォルテ運営GM氏、匿名掲示板の諸氏いずれの立場も代弁するものではありません。また、これらの方々に対する擁護・敵対の意志が無いことを予め強く一言お断りするところであります。

注意 1) また、関係各所へのURLリンクを行いますが、各々のサイト・Blogのリンクポリシーに従ってリンクを行う事を宣言いたします。特にリンクポリシーに関する記述がない場合は、リンクフリーと判断し、当該ページへのリンクを行わせて頂くものであります。

注意 2) 本記事公開にあたり、公開差し止め要請などがあった場合はそれにとりあえず従うこととします。その際は、何処からご要請いただいたかについて特に伏せる事は避けたいと思います。注意深く、対応させて頂きます。もし、ご要請の際は本記事コメント欄からその旨ハッキリとご要請頂けますよう、よろしくお願いします。

注意 3) 筆者は原則終了まで非公開のオフ会が、批難されるべき対象であるとは思いません。企画時点から全面公開し、数百人に規模が膨れ上がってしまった場合、運営は困難を極めますし、会場での事故の危険性もあります。オフ会の有り様…… 参加募集は人づて、終了まで情報は外部に漏らさないこと、そのものには、特に問題はないのではないでしょうか。至っておかしな事では無いと思います。

↓今回はツマラナイ文字ばっかりですが↓
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