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板橋区議会選、数字が語る『語るに落ちた板橋の民主主義』

2015年04月28日 21:39

2015.04.28(東京都、板橋区/藤 秋人)

4月26日(日)に行われた板橋区議会議員選挙、ならびに板橋区長選挙は同日24:46に開票率が100%に到達。立候補者62名に対し、定数46が埋まった。

しかし、結果だけを見ればすこぶる悪い。内乱状態の国で投票するよりも酷いのではないかと溜息をつきたくなる。

開票率が100%だからと言って、板橋区に住む全ての有権者が投票所へ足を運んだわけではない。この東京都特別区(その他の都市では「市 (City)」にあたる。全有権者数は区のデータによると男女合わせて437,977人だ。

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可燃ごみの日だった

2014年12月02日 17:01

 すべての活動の基本はぶらり訪問だ。

 相手が普段何を考えて行動しているのか、どういった人間を見つけると目を留めるのか。ルート訪問だと見えてこないランダム性……各々の人間の中でどんな神がサイコロを振りまくっているかダイスの面を見ることになる。もちろん、多面だからと言って善良とは限らないし、三面ダイスだからダメと言うわけでもない。

 フェイスブックは、貴方の友達は誰かの友達と広告を打っているが、これは一定の事実である。

 さて、私は自身で当て込んだ人(政党はこの場合あまり問題ではない。問題はそこにいる人の良し悪しに過ぎない。人は変わりゆくものなので、人を変えるのは人と人のつながりである)が、私を気に掛けるか? おや、コイツさっき話を聞いていたな? こう思って話を聞きにくるか。選挙の争点がないと彼等が騒ぐので簡単にニーズと課題を読みやすい形で一部印刷して持っていった。

 結論から言えば、その人は私の電話番号と携帯電話のメールアドレスを聞いている筈なのに、素通りした。個人の秘密は万全の様だ。あるいはあえてスルーしたのだとすれば、私に何を期待しているのか、考える必要があるだろう。

 十階にて。

余談
 もっとも飢えている人がいたので声を掛け、おそらくはほしいものであろうものを渡した。それは今日本来会いたかった人に渡したいものだったが、万人に通ずるものなので、私如きが書いたもので少しだけ得した気分になってもらえるとうれしいものである。

板橋区 区議会 議会報告会

2014年05月20日 02:08

政治とは、当面の問題解決と些細な利害調整に過ぎない

 これを言ったのは、他ならぬ私自身だ。どんな政体(王政、独裁政、宗教政、共産政、民主政などなど)にも共通するのは、この部分。既に乱暴な言い方だが、更に崩すなら『三人で産まれてから死ぬまで、どう問題を解決し、互いの利益を高めて行くか』くらいの話に落ち着く。ここで言う三人は……男性二人に対し女性一人でも良い、又は女性二人に対し男性一人のどちらかである。

 さて。日本に住む我々は、選挙に行き投票する。が、当選させた政治家に直接物を言わないことに定評がある、つまり政治は何処か遠い所で起こっていると思い込んでいるのだ。つまり、日本人とは『世界に名だたる無能市民の集まり』なのだ。故に、あっさり他人の威を借りて極右や極左に陥りやすい……善と悪との頂上決戦、あとは神か仏かエホバかアラーが勝手に決着をつけるだろう。などと『政治家』を『政治屋』と言う正にコメディアンを育成してしていた。当然、コメディアンは笑いを取るのに必死だ。その結果起きた惨劇について例を挙げれば鳩山由紀夫政権が生まれ、理想(と言う名の笑い)を掲げた筈なのに気が付くと貧乏になっていた……まこと笑えない出来事が起きたのだった。

 お蔭で、夢だけでは豊かにならない……ただ反抗し、混乱を巻き起こすだけの野党に物事任せても上手くいかない。
 そして野党も、理想だけでは、最早。人も金も動かないことに気付いた。日本の政治はその幼年期をようやく終えようとしている。

「政治家や権力に投げっぱなしにしておけば、何とかなるだろ」
 
 民主主義国の国民としては、赤点まっしぐらなのが。平成二十五年度までの日本人だった。

 しかも、自由や民主主義、生存権や基本的人権は『天から勝手に降ってくる』と思ってる。そんな節が世紀を跨いだにも関わらず蔓延していた。現在、与野党問わず。そしてつい最近、下野した元与党が『政治家と政党に戻ろうとしている』これは国民が最早、盲目の羊では無い事を内外に知らしめた。

ところで板橋区――と言う場所がある。

 光学機器メーカーの集積や、印刷業で一時は名を馳せ。それ以前は、場末の田舎だった(戦前)。ここは、東京都二十三区でありながら……お世辞にも住んでる人が儲かってない街。どころか、歳出中の福祉費(高齢者医療・難病対策・生活保護etc、etc)が全体の約六割を占める街。
 そして、同時に『地元の会社が地元の住民を満足に雇用出来ず、また養えない』土地でもある。技術の街かつ、歴史ある商業都市でもあるのに、その両者が等しく衰退しつつある。沈痛極まりない自治体。

 しかし、その正体とは。
 住んでいる区民(市民)に一番心を砕いている東京二十三区である。これは、単なる事実だ。

 技術者、起業家、芸術家の輩出や蓄積も多く。何時だって、区民は自己の研鑽を忘れない。もっとも、悲しい事に新宿区や中央区、千代田区などに彼らの利益は吸われ(勤め先の本社がだいたいその辺)、税収は区に入ってこない。故に予算面で中々どうして特別区として悩ましい状態にあったのだ。

 ややもすれば、保守的と言われたこの街。ややもすれば革新的と言われたこの街。両極端にブレている場合ではない。

保守とか革新とか言う時代は終わった――

 板橋区議会一同が、立ち上がり。こぎつけた『政治家よ、受け身であるな。区民であれば誰でも参加可能。直接、区議会議員や、議会議長とサシで報告して質問や意見を募る。そうだ! 民意をこっちから汲み取りに行こう』これが、板橋区政史に後々残るであろう『議会報告会』だった。


第一回板橋区_議会報告会告知ポスター
ちなみに、告知ポスターに書かれた情報はこれだけ。
議員さんも『人が来るかな』と凄く不安だったとのこと。


彼女、彼等の本気
 初めての試みになった、今日。
 平成二十六年五月十九日。熱気に包まれ、区民は直接『自分たちの代表者と対話する』ことに成功した。同時に議員にとっても大きな衝撃に包まれた出来事だった。


第一回板橋区_議会報告会議員の面々
一瞬たりとも韜晦したり、目を逸らすことを許されなかった議員達。
そして彼らを見つめる区民もまた、彼等から目を逸らすことはなかったのである。


 『ある議員にとっては緊張そのもの』。そしてまた『ベテラン議員にとっては、すり減った情熱や理念、夢や未来が磨かれ直し、初心に返った』こともあったのだろう。

 ふと、彼等が区民と対話をしていた時。
 本質的な民主主義の空間が、そこにはあった。誰もが時間を忘れ、誰もが時間を気にした。

 機会が出来た! 意見、意見、また意見!

 当初予定を超えた二百名以上の熱気は、一体感を得るに至り。拍手の中で、誰もが次回開催を願った。


第一回板橋区_議会報告会お疲れ様でした
”なんか困っちゃったら――ウェルカム”
これは、役所だけの特権ではない。
区民と議員
議員と区民
これもまた、同じなのだ。


今後、板橋区では議会報告会、議員報告会が相次ぐようになる。しかし、これは小さくとも、大きな一歩だ。

 民主主義に乾杯

※追記にFacebook上にアップロードした記事をそのまま掲載する。なお、画像は本文中の三枚のみなので、省略することにした。
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